98 研究系及び研究施設の現状
米 満 賢 治(助教授)
A -1)専門領域:物性理論
A -2)研究課題:
a) 光誘起イオン性中性相転移のダイナミクス b) 光誘起密度波分極相転移におけるコヒーレンス c) 相互作用する電子系の非線型光学応答の新しい計算法 d) 中性イオン性相転移と強誘電転移
e) スピンクロスオーバー錯体の光誘起状態
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) 電荷移動錯体T T F -C A はドナー分子とアクセプター分子が交互に積層し,低温または高圧下で常誘電中性相から二 量化を伴う強誘電イオン性相へ転移することが知られている。さらに光照射によっても両方向へ相転移し,その時 間発展が実験で明らかになりつつある。1次元拡張パイエルス・ハバードモデルを平均場近似し,時間依存シュレ ディンガー方程式を解くことにより,イオン性相からの電荷密度と格子変位のダイナミクスを追った。このモデル は熱平衡における電子物性を説明する標準的なものである。光励起を強くすると中性ドメインがより多く生成され, 閾値強度以上で中性相へ転移した。電荷移動量が時間とともに振動する様子をフーリエ解析した。電子のバンド間 遷移に由来する速い振動,格子振動に由来する遅い振動,中性イオン性相境界の集団運動に由来するさらに遅い振 動に分類された。光励起を強くすると励起子効果が強くなることがわかった。光照射により初期のイオン性相とは 反対方向に分極するイオン性ドメインが生まれる。これにより格子秩序が電荷移動量に比べてずっと速く減衰する。 これは反射率変化よりも第二次高調波変化が速く起こる実験結果と矛盾しない。こうしたイオン性ドメイン間のソ リトンが多いと,中性イオン性相境界と干渉することにより相転移に長い時間を要することがわかった。 b) ハロゲン架橋複核白金錯体は多様な電荷格子整列相が知られている。その中で配位子が pop のときは電荷密度波
(C D W )相と電荷分極(C P)相が複核間距離で整理されていて,電子間と電子格子間の相互作用の競合で説明できる ことを理論的に示してきた。高圧下で不連続転移するものをヒステリシスループ内で光照射すると,C DW 相からC P 相へは光誘起相転移するが逆は起こりにくい。この機構を1次元拡張パイエルス・ハバードモデルを使って理論的 に説明した。C DW 相では複核間で電荷不均化しているので,複核間電荷移動が低エネルギーで起こる。C P相では複 核内で電荷不均化しているので,複核内電荷移動がより低エネルギーで起こる。後者を低エネルギーで光照射して も複核間の電荷移動を伴わないし,高エネルギーで複核間の電荷移動を強制してもそれが核となって自己増殖する ことができない。さらに重要なのはコヒーレンスの回復力がC DW 秩序とC P秩序で大きく異なることである。コヒー レンスを回復するためには電荷整列パターンの異なった縮退したドメインの間の境界が動かなければならない。前 者では複核間の2個の電子移動が最低限必要なので,後者に比べて境界がはるかに動きにくい。この現象は対称性 の低い秩序相の間の転移でのみ起こることであり,コヒーレンスが光誘起相転移に関わる例である。
c) 非線型光学応答では光学的に許容される状態と禁止されている状態が同時に見える。これらがほぼ縮退することと 非線型感受率が大きいことは通常相容れないが,1次元モット絶縁体では両者を同時に達成できることが知られて いる。この系ではスピンと電荷の分離など強い電子相関が特徴的なので,これまでの理論は少数電子系の厳密対角
研究系及び研究施設の現状 99 化などに限られ,サイズ効果が議論できなかった。一方,平均場理論やそれに基づく量子揺らぎの理論は定量的には 信頼できないものの,多電子系に容易に拡張でき,光学応答に関しては定性的な議論に有効であることが知られて いる。ここでは複数の電場を古典的ゲージ場で導入し,平均場近似の範囲で時間依存シュレディンガー方程式を解 くことが有効なことを示した。全エネルギーの変化を吸収と読み直すと,光学的に許容される状態と禁止される状 態がほぼ縮退して現れること,シュタルク効果,励起子効果など,実験結果を定性的によく再現することがわかった。 d)交互積層型電荷移動錯体では中性イオン性相転移に付随して二量化転移や強誘電転移などが起こることが多い。 T T F -C A では常圧でこれらが同時に起こるが,高圧下で新たに常誘電イオン性相が現れ,三重臨界点が存在する可能 性が指摘されている。これらの実験事実から,この擬1次元電子系の鎖間相互作用を議論するときに,電荷密度間の ものと分極間のものを区別するべきだということが明らかになってきた。鎖内ではイオン性度が上がると同時に二 量化して分極ベクトルをそろえようとする力が働く(分極間相互作用が強い)。ところが鎖間では分極ベクトルの方 向にかかわらず,イオン性度を上げようとする力が優勢である(密度間相互作用が強い)ために,常誘電イオン性相 が現れると考えられる。強誘電イオン性相を光照射すると第二次高調波がすぐに減衰することとも矛盾しない。有 限鎖の三重極小ポテンシャル結合系を転送行列で解析し,密度の感受率と分極の感受率の異なる振る舞いを示した。 さらに擬1次元ブルーム・エメリー・グリフィスモデルの三重臨界点近傍の感受率を転送行列,平均場,繰り込み群 などの理論で解析している。
e) 光を照射することで低スピン相から高スピン相へ転移するスピンクロスオーバー錯体が多く知られている。そのな
かで,[Fe(2-pic)3]Cl2·EtOHは光誘起構造変化に協調性が現れ注目を集めている。しかし,その挙動の理論的解明は完
全でない。低温での光誘起高スピン相の実験から,ラマン活性の振動モードが光学活性になっていることが最近わ かった。高温での熱平衡高スピン相とは異なる性質だが,その解釈が確立されていない。熱平衡では二段転移するこ とと結晶に副格子があることを考慮して,二量体の内外,副格子の内外で相互作用が異なるモデルを提唱した。これ によると光誘起状態は一時的な高スピン低スピン共存相と考えられる。異なる状態間のポテンシャル障壁を計算す ると,全体的には高スピン密度が増えるほど高スピンが安定になること,しかし局所的には高スピン低スピン共存 状態が有利になることが示された。このモデルの連続光照射中の時間発展をモンテカルロ法により計算した。低ス ピン状態から高スピン低スピン共存状態までは速く転移するが,そこから高スピン状態までの変化はゆるやかなこ とがわかった。
B -1) 学術論文
K. YONEMITSU, “Quantum and Thermal Charge-Transfer Fluctuations for Neutral-Ionic Phase Transitions in the One- Dimensional Extended Hubbard Model with Alternating Potentials,” Phys. Rev. B 65, 085105 (2002).
K. YONEMITSU, “Lattice and Magnetic Instabilities near the Neutral-Ionic Phase Transition of the One-Dimensional Extended Hubbard Model with Alternating Potentials in the Thermodynamic Limit,” Phys. Rev. B 65, 205105 (2002).
K. YONEMITSU, “Collective Excitations and Confinement in the Excitation Spectra of the Spinless Fermion Model on a Ladder,” Phys. Rev. B 66, 035121 (2002).
J. KISHINE and K. YONEMITSU, “Dimensional Crossovers and Phase Transitions in Strongly Correlated Low-Dimensional Electron Systems: Renormalization-Group Study,” Int. J. Mod. Phys. B 16, 711 (2002).
K. YONEMITSU, “Variation of Excitation Spectra in Mixed-Stack Charge-Transfer Complexes,” Phase Transitions 75, 759 (2002).
100 研究系及び研究施設の現状
N. MIYASHITA, M. KUWABARA and K. YONEMITSU, “Domain-Wall Dynamics after Photoexcitations near Neutral- Ionic Phase Transitions,” Phase Transit. 75, 887 (2002).
J. KISHINE, P. A. LEE, and X. -G. WEN, “Signature of the Staggered Flux State around a Superconducting Vortex in Underdoped Cuprates,” Phys. Rev. B 65, 064526 (2002).
Y. OTSUKA and Y. HATSUGAI, “Mott Transition in the Two-Dimensional Flux Phase,” Phys. Rev. B 65, 073101 (2002).
B -2) 国際会議のプロシーディングス
K. YONEMITSU, “Intra- and Inter-Chain Excitations near a Quantum Phase Transition in Quasi-One-Dimensional Conductors,” Mol. Cryst. Liq. Cryst. 376, 53 (2002).
M. MORI and K. YONEMITSU, “Optical Conductivity for Possible Ground States of Dimerized Two-Band Pd(dmit)2
Salts,” Mol. Cryst. Liq. Cryst. 376, 141 (2002).
M. KUWABARA and K. YONEMITSU, “Optical Excitations in XMMX Monomers and MMX Chains,” Mol. Cryst. Liq. Cryst. 376, 251 (2002).
K. YONEMITSU, M. KUWABARA and N. MIYASHITA, “Variation Mechanisms of Ground-State and Optical Excitation Properties in Quasi-One-Dimensional Two-Band Electron Systems,” Mol. Cryst. Liq. Cryst. 379, 467 (2002).
M. MORI and K. YONEMITSU, “Charge Ordering Patterns and Their Excitation Spectra in Two-Dimensional Charge- Transfer Compounds,” Mol. Cryst. Liq. Cryst. 380, 209 (2002).
M. KUWABARA and K. YONEMITSU, “Strong Commensurability Effect on Metal-Insulator Transition in (DCNQI)2Cu,” Mol. Cryst. Liq. Cryst. 380, 257 (2002).
K. YONEMITSU, “Finite-Temperature Phase Diagram of Mixed-Stack Charge-Transfer Complexes,” J. Phys. Chem. Solids 63, 1495 (2002).
M. KUWABARA, K. YONEMITSU and H. OHTA, “Spin Solitons in the Alternate Charge Polarization Background of MMX Chains,” EPR in the 21st Century, A. Kawamori, J. Yamauchi and H. Ohta, Eds., Elsevier Science; Amsterdam, 59 (2002).
J. KISHINE, “Underlying SU(2) Gauge Structure and Hidden Staggered Flux State in the Lightly Doped Spin Liquid,” J. Phys. Chem. Solids 63, 1559 (2002).
Y. OTSUKA, Y. MORITA and Y. HATSUGAI, “Correlation Effects on the Fermi Surface of the 2D Hubbard Model,” J. Phys. Chem. Solids 63, 1389 (2002).
B -3) 総説、著書
岸根順一郎,「低次元強相関電子系における次元クロスオーバーと相転移―電子系繰り込み群ミニマム―」, 物性研究 79, 502 (2002).
B -4) 招待講演
K. YONEMITSU, N. MIYASHITA and M. KUWABARA, “Thermodynamics and Photoinduced Dynamics in Neutral- Ionic Phase Transitions,” International Workshop on Control of Conduction Mechanism in Organic Conductors (ConCOM2002), Hayama (Japan), January 2002.
研究系及び研究施設の現状 101 米満賢治 , 「有機導体の次元性、電子相関、非線型励起とダイナミクス」, 東大物性研研究会 “ISSP Theory Forum for the 21st Century,” 柏, 2002年3月.
米満賢治, 「古典系と結合した多電子系の非線型励起と相転移ダイナミクス」, 分子研シンポジウム「計算ナノサイエンス研 究会」, 岡崎 , 2002 年 3 月 .
米満賢治 , 「古典系と結合した多電子系の非線型励起と相転移ダイナミクス」, 産総研セミナー, つくば , 2002年 3 月 . K. YONEMITSU, N. MIYASHITA and M. KUWABARA, “Photoexcited States and Photoinduced Dynamics in Electronic Phases of MMX-Chain Systems,” International Conference on Science and Technology of Synthetic Metals (ICSM2002), Shanghai (China), July 2002.
岸根順一郎 , 「低次元強相関電子系における次元クロスオーバーと相転移」, 第 47回物性若手夏の学校 , 東京 , 2002年 8 月 .
K. YONEMITSU, “Dynamic Spin Correlations near Neutral-Ionic Phase Transitions,” 23rd International Conference on Low Temperature Physics (LT23), Hiroshima (Japan), August 2002.
米満賢治 , 「擬一次元電子格子系の強誘電性と光誘起相転移の理論―交互積層型電荷移動錯体 T T F -C Aとハロゲン 架橋複核白金錯体―」, 東北大学金研研究会「新しい機構による巨大誘電性の探索」, 仙台 , 2002年 10月 .
K. YONEMITSU, “Photoinduced Dynamics of Coupled Charge-Lattice Systems in One Dimension,” NEDO Europe-Japan Meeting “Intelligent Charge-Transfer Materials,” Rennes (France), October 2002.
米満賢治, 「1次元電子格子系の光誘起相転移におけるコヒーレンスの回復と喪失」, 東大物性研短期研究会「分子性導体 の物質探索と新機能開拓」, 柏 , 2002年 11月 .
B -6) 学会および社会的活動 学協会役員、委員
日本物理学会名古屋支部委員 (1996-97, 98-2000). 日本物理学会第 56期代議員 (2000-01).
学会誌編集委員
日本物理学会誌 , 編集委員 (1998-99).
C ) 研究活動の課題と展望
温度や圧力などの熱力学的変数でなく,光照射などによって動的な相転移が起こることが多くの物質群で明らかになってい る。このうち電子物性の変化を伴い,協調性が顕著に現れるものに興味を持っている。分子性物質は電子伝導や結晶構造 が異方的なために,変化の起こりやすい方向があり,非平衡相転移に寄与しているようである。電荷密度の変化と格子秩序 の変化が違う時間スケールで起こるなどの時間的階層構造や,物性の異なる微小領域が競合してそのひとつが大きく発展 するなどの空間的階層構造が明らかになりつつある。分子の内部自由度を利用して,磁性と誘電性などの複合した物性変 化も可能になってきた。今後は1次元的な変化が3次元的な変化に結びつくための相互作用の条件を明らかにする。レーザ の照射のしかたで様々なコヒーレンス回復・喪失現象や干渉効果がみえてきた。これらの機構を解明する。電荷移動錯体は 電荷密度の変化と格子秩序の変化が熱平衡においても異なる条件で起こり,多重臨界点を示すことがある。その付近での 動的挙動には分子性物質特有の物理現象があると思う。これまでの非平衡の物性理論では,統計的側面が強調されすぎ て,熱平衡での電子物性を説明するときとは異なるモデルが使われることが多かった。熱平衡と非平衡時間発展を統一的 に説明することで,協調性をもつ多電子系の相互作用の様子がより明らかになるだろう。